オタコがOTAKUをルサンチマンする。

 ここで筆者のtamatyanさんが云う「他者を貶めることで自分の好きなマンガを評価する言い方をする人」ってオタコ=男性オタクと言っていいと思うわ。だって、伊藤剛id:goito-mineral)さんがid:goito-mineral:20040527で

オタ親父ってすぐに「濃い」とか「薄い」とかいうだろ? 「濃度」ってのは数量化可能な概念だ。彼らはそういう言葉を好んで使う。なんのことはない。「濃い」だの「薄い」だのってのは偏差値の暗喩なんだ。それが無意識に選択されている。そのくらいには根は深い。

と云うように勝手に自分が差別されていると思って、勝手に在りもしない「正しい在るべき男の理想像=父」*1を作って、自分はアニメやマンガやゲームといった子どもが好きなものを好きだからダメ人間だとか言って自分が不潔だったりだらしない性格だったり、人とのコミュニケーションが巧くできない理由をアニメやマンガやゲームのせいにするのってオタコたちじゃない?
 あたし個人は「学校」という空間にはいいイメージが強いから宮台真司さんみたいに「学歴至上主義・父権的道徳至上主義的空間」という意味合いじゃなくて「男の子や女の子たちが様々なことを自ら学べる場所」だと思っているけど、現状の学校や社会が宮台さんの指摘したとおりなのは正しいと思う。
 まあ、やおい好きな人たちもカップリング論争とかするけどね。あれは宗教戦争みたいなものだからさ。
 結局、そういう人たちもオタコなのよ。肉体が雌だからわかりづらいけど。その辺はジェンダーセクシュアリティという概念を踏まえればわかってもらえると思うわ。

 いいかげんにオタコもOTAKUにならないとこういう記事で暗示されているように「マンガやゲームやアニメ好きは犯罪者になる」という社会的認知がますます強くなると思うわ。そして青少年健全育成対策基本法案とかアニメ/マンガ/ゲームなどのOTAKU文化への規制が強化されるはず。

*1:在るべき理想像を作るという行為はかつてフランスの美術アカデミーがプレ近代に「理想的な肉体=男性で雄の肉体」という図式を作ったことの無意識的反復よね。