核P−MODELライブ「トーキョービストロン」に行ってまいりますた。

 というわけでライブレポ。
 ぼくの好きなミュージシャンに平沢進という人がいる。平沢さんはかつてマンドレイクというプログレバンドをやっていたが、パンクとシンセサイザーに出会って、エレクトロニック・パンク*1に移行し、P−MODELというバンドを結成した。ファーストアルバムの

IN A MODEL ROOM

IN A MODEL ROOM

は79年に発売。その後、度重なるメンバーチェンジやソロ活動などを経ながら、現在も精力的に活動しているミュージシャンである。
 P−MODELは今まで三度活動停止をしている。*2この度、始めたプロジェクト、核P−MODELはP−MODELとはあくまで別ものということで、どのような形態で活動するのか期待しながら会場に向かった。
 今回のライブ会場は新宿の全労災会館・スペースゼロ。会場についてみるとオールスタンディングの会場がほぼ満員。平沢さんのコアなファンは本当に熱心だね。ステージは最近の平沢さんのライブではお馴染みの発電機付き(!)サンプラーとローランドのA-47とアシュオン培養器、そして平沢さんの愛器として名高いタルボも鎮座ましましていた。しかもシルバー・メタリック仕様。おそらく特注品。
 そしてオープニング。最初にSF映画のようなハザード音がなり、1曲目の「二重展望3」スタート。ここで平沢御大登場。しばらく直立不動でいたかと思うと、メロディが入るところで持っていた黒い扇子をパッと開いてすぐさま捨てるという、ケレン味たっぷりの平沢節はやはり健在。そしてアシュオン培養器を操作する姿はまさしくマッド・サイエンティスト。メタル・パーカッションと日本的なメロディの奇妙な融合が心地よい。
 2曲目は名曲"SPEED TUBE"。イントロが流れた瞬間に観客が沸く。"SPEED TUBE"ってのは別名"cycrotron"とも云い、粒子加速器のことである。

ここかつては地球の端に立ち
沸く心はコスモの学人
カシミールの王座に火を焼かれ
身に隠れた軌跡に遍く

バーニングアップと呼び合え
キミ 冴えて走るハイスピードチューブ
サインアップと聴こえる
キミ 冴えて走るハイスピードチューブ

 この歌詞に魂が震えないやつはもう、電子音楽なんか聴かなくて良い。電子音楽において、しばしば歌詞は身体的要素あるいはロック=ミュージックのフォーマットとして忌避される言説があるが、「人間」という厄介なものと「機械=技術」というシステムとの格闘がテクノだとするなら、正しく平沢さんはデビュー以来、一貫してその苦闘を続けてきた稀有な人なわけで、電子音楽において短絡的に歌詞や演奏を忌避するのは、思考停止でしかない。
 3曲目は「パラ・ユニフス」。

幻影を追って獣と化す あの残忍のマシン β
嘔吐をこらえて探す まだ展望の窓はあるかと

賢人の声はだんだんと その標榜は悪と裁かれ

 平沢さんの曲は、どれも「テクノ・フィクション」とも言うべき完成度を持っている。多くのロック=ミュージックのような横暴さ、図々しさが微塵もないのに、聴く者の認識自体にハッキングするかのように作品を提示する。これほどまでに歌詞/楽曲の二分法が無効化された音楽があるだろうか。平沢さんのノイジーかつテクニカルなギターも素晴らしい。
 4曲目は「アンチ・ビストロン」。

割ってもいい いい 割ってもいい いい 割ってもオイシー キャンディー
買ったらいい いい 買ったらいい いい 買ったらだんだん ジャンキー
コストもいい いい コストもいい いい コストもクールな パーティー
一緒がいい  いい 一緒がいい  いい 一緒が安全 元気
凝ってもいい いい 凝ってもいい いい 凝ったら一気に 人気
持ったらいい いい 持ったらいい いい 持ったら全然 ファンシー

 平沢さんはいつでも本気だが、こういうユーモアやチャーミングなところもあるのが魅力でもある。呪術的なビートと錯綜する(かのように感じる)メロディとあの平沢唱法は一度はまると、それこそジャンキーになってしまう。

 5曲目は「DUSToidよ歩行は快適か?」

科学の笑顔 シナプスに火を焚き
地下鉄のゲートへ挑む
空想の地を走らせ
おー DUSTIOD DUSTIOD
メトロは 今快適か?

 切迫したリズム、とろけるようなメロディ、それらがドラマティックに展開するのも平沢進≒(核)P-MODELの魅力の一つだ。この曲とかを聴くと、「あー、平沢さん、SF小説書かないかなー」などと思ってしまう。「DUSTOID」という言葉一つがもう、SFしている。そこから膨大なイメージが広がり、言葉と音は一つとなって平沢空間を構築する。平沢進≒(核)P-MODELを聴くことは、SFを聴くことでもあるのだ。

 6曲目は「Big Brother」。

路上 スタンガンの電撃が撃つ群衆の影
ヤイヤイと人は行き秘密裏に事は成る

聞けよ物陰で「良き事のため」と囁く
見えないブラザーが暗示のようにキミを追う

列を成せ 汝従順のマシン
享受せよさあ 思慮は今罪と知るべし

 この曲の題名である「Big Brother」はオーウェル

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

から取られたものだと思う。しかし今やBig Brotherは既に虚像化し、Little Brothersが音もなく忍び寄るのが現状だと考えるべきだろう。*3しかし、東浩紀さんの提示する「Big BrotherからLittle Brothersへ」という見方はいささか図式的過ぎるとも思う。そもそもオーウェルの「1984年」が「Little BrothersによるBig Brotherという虚像の構築」とも読めるからだ。*4

 7曲目は「巡航プシクラオン」。

宵のオリオン座の懐かしさで飛び立つ機関に乗り
梵天に連なる長いlogにキミの名を見つけたよ

怒号のジオラマの 3Dにうず高く
無念の山々で 花が風に舞う日

 平沢さんの曲は、どれもイントロを聴いた瞬間に持っていかれる。オリエンタルなメロディーとテクノロジー社会の荒廃を結晶化したようなリズム――ポップと実験の間を行く(もしくは同時に実践する)その曲の数々はまさに平沢さんがデビュー以来、一貫して行ってきたことだ。力強く、心地よいメロディーがテクノロジーによって突然変異を起こし、ギリギリまで切り詰められながら無限の解釈が可能な歌詞と時にシンクロし、時に対峙しながら進行する。これにはまると、貴方は平沢空間の住人となる。

 8曲目は「崇めよ我はTVなり」。

言いよどめ 断じて禁じる 意思など廃退の夢ごと
目をふさげ 信じる教義の甘美を絶え間なく届けよう

FREE!
すべてFREE!
またはわずかなリスクだけ
FREE!
タダのFREE!
または アイヤイヤイヤイヤイヤー!

 ぼくらは消費に囲まれている。「消費しない」という選択肢は、おそらくない。
 平沢さんは、音楽「産業」の中で音楽を作り、そこで音楽を発表することの苦悩と闘ってきた人だ。だからこそ彼は

音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE

音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE

以降、メジャーの音楽会社との契約を打ち切り、この社会の中で音楽が「消費」されることに関して、様々な実験を試みてきたのだ。彼は消費社会を否定しているわけではない。「消費物」と「創作」を二項対立的に捉えるような、100年前の価値観が今更通用するわけがないことを熟知しているからだ。しかし、彼の音楽は、時にぼくたちに「無意識的消費」の悪夢的な側面を示唆している。

 9曲目は「ビストロン」。

高い鉄の塔ステッキで瞬時に王を買い取る
軽くペン先のファンドで昼夜にショーを生み出す
空は赤陸は白く海は黒と定め
高い哲の塔ステッキで瞬時に真実を買う

いつか見た海辺の記憶は遠くに ああ
目を閉じては見えるよ正気の地図には青く

 不安と緊張、陶酔と幻視が交錯するようなイントロに始まり、雄大なリズムと時折、嵐の切れ間から差し込む光のように響き渡るメロディが心地よい一曲。平沢さんの歌詞は解釈とか深読みとか「文学的な」評価では計りきれないイメージの羅列だ。初期P-MODELはそうでもないが、ある時期からP-MODEL/平沢さんの歌詞は劇的に変化した。平沢さんの音楽を聴くことは、そうした意味でも、他のミュージシャンの曲からは得られない体験でもある。

 10曲目は「CHEVRON」。

スピンドルのソング 胸にナイス ナイス
プロテインに天と地のcode 回るよシェヴロン

種の夢タイト 群はスィート スィート
反射するライフ 止まるツァイト 回るよシェヴロン

 解凍後のアルバム

P-MODEL

P-MODEL

に続く、改訂前のアルバム『big body』より。*5平沢さんの曲は表面上はSFやテクノロジーのイメージで構成されているが、それと共にある種の原始性、聴く者の太古の記憶を呼び覚ますような普遍性がある。*6そんな一面を如実に表した1曲。

 ここでまたハザード音が響き渡る。
 11曲目は「アンチモネシア」。

誰も寝ぬ窓辺で星は その隠喩を映してとまどう
人は応えず 目を閉じる ああ

 遠くから微かにただ淡々と来る
 まだ在るまだ在ると呼ぶように
 晴れない霧の奥に耳を澄ませ
 まだ居るまだ居ると応えた

 平沢さんの曲は時にマッド・サイエンティストのように激しいが、この曲のように鼓膜から全身が溶けていくような優しい快感をもたらすものもある。

 12曲目は「Space hook」。

電信や蜃気楼コロニーのヒト科の音
閃光や爆音や意味の無いヒトの音

ただ遠くに星は飛び 呼び戻せと呼ぶよ
テラにキミ在りと思い出す瞬間に

 この曲では平沢さんの超絶ギターが聴ける。平沢さんのギターはもはやギターではなく、シンセサイザーか、さもなくばまったく未知の何かだ。全曲の羊水に包まれているような心地よさから、この曲のようなスーッと浮かび上がるような展開の曲に繋がると、それだけでもう、持っていかれてしまう。平沢さんの時に優しく、そして常世から聴こえるような歌声は言葉の本来の意味でトランシーだ。

 13曲目は「暗黒πドゥアイ」。

長い
あのでっち上げの巡礼が人質に取る良心の声
喧しい
歌混じりで通るまたファースト・フードの戦車が次々と

鬼畜の例えで思い出す とうに忘れたこの場所

フーア スタンツ スファー πドゥアイ

 臨死の花 許さず枯れよ 遥か塔の祝杯の日に
 瀕死の国 看取る目も無く 遥か国の宴の時

 平沢さんは単純なメッセ―ジ・ソングなど、決して作らない。この曲も文明批判として解釈する可能性も持っているが、それは聴く者による。妙にせかされるような曲調から一転して浮遊感のあるメロディと一体化したこの歌詞は、聴く者によって無限の解釈が織り成される。

 14曲目は「Solid Air」、15曲目は「論理空軍」そしてラストの16曲目は「ENOLA」。

 最後の4曲の流れは圧巻。ライブの定番にしてP-MODEL屈指の名曲「Solid Air」では平沢ギター奏法の真骨頂が発揮されるし、どの曲もP-MODEL節炸裂、平沢汁出まくり。テクノ・パンクという陳腐な表現では到底語りきれない怒涛の展開に圧倒されまくり。

 そしてアンコール曲は「Solid Air」と並ぶライブの定番、「フ・ル・ヘッ・ヘッ・ヘッ」。生で聴けて感涙。

 アンコール曲が終わってもコールが終わらない観客のために平沢御大再登場。
 そしてMC第一声が「やかましい!」というあたり、平沢さんらしい。「かくもにぎにぎしく、核P−MODELという新人のコンサートにお越しくださいまして、有難うございました。アンコールにお応えしたいのですが、何分、新人でありますので、レパートリーがこれで終わってしまいました。というわけで、培養器の水の色も濁ってきまして――多分、金網のせいだと思いますが――亞種音を引き続き健全に育て続けなければなりませんので、今日はこの辺でお開きにしたいと思います。殺人鬼の支配する殺伐とした世界に送り出すのは忍びないのですが、それでは皆さん、この辺で、解散」というお言葉で終了。

 今回のライブで演奏された曲は

ビストロン

ビストロン

ゴールデン☆ベスト P-MODEL「P-MODEL」&「big body」

ゴールデン☆ベスト P-MODEL「P-MODEL」&「big body」

音楽産業廃棄物 〜P-MODEL OR DIE

音楽産業廃棄物 〜P-MODEL OR DIE

PERSPECTIVE

PERSPECTIVE

ANOTHER GAME

ANOTHER GAME

に収録されてます。下記の演奏曲目表を参照しながら、これらを自分で編集して仮想ライブアルバムを作るのも一興。
 あと、
LIVEの方法

LIVEの方法

PAUSE P-MODEL LIVE 19931011

PAUSE P-MODEL LIVE 19931011

ヴァーチュアル.ライブ-1[P-MODEL ライブ・アット六本木S-KEN スタジオ1979]

ヴァーチュアル.ライブ-1[P-MODEL ライブ・アット六本木S-KEN スタジオ1979]

ヴァーチュアル・ライブ-2 [P-MODEL ライブ・アット 渋谷Nylon 100% 1980]

ヴァーチュアル・ライブ-2 [P-MODEL ライブ・アット 渋谷Nylon 100% 1980]

ヴァーチュアル・ライブ-3 [P-MODEL ライブ・アット 京大西部講堂 1982

ヴァーチュアル・ライブ-3 [P-MODEL ライブ・アット 京大西部講堂 1982

あたりを聴くと、P-MODELのライブがどんな感じが解るかも。

2004/11/13 東京・新宿 全労災ホール スペース・ゼロ
P-MODEL LIVE トーキョー・ビストロン

01:二重展望3
02:SPEED TUBE
03:パラ・ユニフス
04:アンチ・ビストロン
05:DUSToidよ歩行は快適か?
06:Big Brother
07:巡航プシクラオン
08:崇めよ我はTVなり
09:ビストロン
10:CHEVRON
11:アンチモネシア
12:Space hook
13:暗黒πドゥアイ
14:Solid Air
15:論理空軍
16:ENOLA
EN
17:フ・ル・ヘッ・ヘッ・ヘッ
MC

*1:一般的な用語としては「ニュー・ウェーブ」または「テクノ・ポップ」

*2:それぞれ、凍結/改訂/培養宣言と称されている。

*3:

自由を考える―9・11以降の現代思想 (NHKブックス)

自由を考える―9・11以降の現代思想 (NHKブックス)

などを参照すべし。

*4:東のいう「一元集中的な管理から、多元的な管理へ」という問題意識からすれば、「1984年」で「Big Brother」は「Great Father」と称されるべきだからだ。

*5:この2枚は廃盤なので、興味のある人は、この2枚をまとめた

P-MODEL

P-MODEL

を購入してください。

*6:さすがはユング好き。