ギブスンという幻視者。

 サイバー・パンクの祖にして今でも精力的に執筆活動をしているSF作家界の大御所、ウィリアム=ギブスンのドキュメンタリー・フィルムがDVD化!
http://www.nowondvd.net/products/nomaps/index.html
 やっべ、欲しい。
 一応、ギブスンを知らない人のために簡単に説明すると、「ホログラム薔薇の欠片」で鮮烈なデビューを果たし、以降、数々の傑作短編を発表、初の短篇集

クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)

クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)

では人間の記憶と情報を等価に扱うサイバネティクス理論を応用した衝撃的なSFが数多く収められている。そして
ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

カウント・ゼロ (ハヤカワ文庫SF)

カウント・ゼロ (ハヤカワ文庫SF)

のスプロール三部作を次々と上梓し、SF界に不動の地位を築く。その後も「サイバー・パンクの煽動者」ブルース・スターリングとの共著
ディファレンス・エンジン〈上〉 (角川文庫)

ディファレンス・エンジン〈上〉 (角川文庫)

ディファレンス・エンジン〈下〉 (角川文庫)

ディファレンス・エンジン〈下〉 (角川文庫)

、スプロール三部作に続く
あいどる (角川文庫)

あいどる (角川文庫)

フューチャーマチック

フューチャーマチック

の三部作を発表し、2004年には最新作
パターン・レコグニション

パターン・レコグニション

の日本語版が発表された。
 ギブスンの作品はテクノロジーが高度に発達した未来社会が舞台で、そこは往時のSFに観られるような未来への科学礼賛、人間に奉仕するテクノロジーによる輝かしき未来社会はない。ギブスンの世界は巨大企業複合体が個人の意思を越えた不死者のように君臨し、現代の家電製品のように簡便でクリーンなイメージとしてのテクノロジーではなく、人間と機械の境界線を不分明のものとし、民主主義や資本主義社会や人間観などが現在とは大きく異なった世界だ。
 ギブスンがSF界に登場した時、特に『ニューロマンサー』が上梓したとき、人々は彼の作品にリアルな未来像を見出した。特に第三長編「モナリザ・オーヴァドライヴ」上梓される前後の熱狂はすさまじかった。
 しかし、文庫版『あいどる』の解説で東浩紀氏が言うように、ギブスンの描く未来世界がそのまま私たちの未来像として受け取るのは、危険である。ギブスンはあくまで予言者ではなく、テクノロジーが個人や社会に与える影響を自らの想像力によって「幻視」しているからだ。だから現状のテクノロジーや社会構造がギブスンの想像力を追い越したわけではなく、最初からギブスンは内なるビジョンに基づいて創作活動をしているのである。ギブスンはおそらくそのことに早くから自覚的であったはずで、だからこそ「ガーンズバック連続体」のような小説を書いたのだ。テレビや写真集やDVDやCDやネット上の画像の生身のアイドルの鏡像、伊達京子やテライユキなどのバーチャル・アイドル、アニメ、マンガ、ゲームのキャラクター、ちゆ12歳などを筆頭とするVNI、コスプレイヤーなどのサイトなどを見ていると、既にアイドルの仮想現実化は進んでいるといっていい。というより、"idol"の原義が虚像である以上、それは不可避的なものと言っても良いかもしれない。
 このような意味で、現実と虚構の分割を問い直し、あるいはその分割を無効化する、この偉大な幻視者の今後の活動にはこれからも注目したい。